七夕伝説の起源と由来 国による違い

公開日:  最終更新日:2018/06/06

こんにちは。もりくまです。

もうすぐ七夕ですね。
保育園や小学校では七夕飾りをして短冊に願い事を
書いて吊るすなどのイベントされているかもと思います。
さすがにご家庭でされている方は( ^ω^)・・・?

ところで七夕の由来とか伝説とかしってますか?
お子さんに聞かれた時のためにおさらいしてみましょうか。

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七夕伝説の物語

゛夜空に煌めく天の川、川のほとりでは天の神様の娘
織姫が世にも美しいはたを織っていました。
織姫の織る布は五色に光り輝き、季節によって
彩を変える、とても美しいものでした。

天の神様はそんな娘が自慢でしたが織姫は
はたを織るのに一生懸命。
自分の見た目はいっさい気にせず一心不乱に
はたを織り続けます。

「織姫は年ごろなのに人のはたを織ってばかりでは
かわいそうじゃ。そうじゃ、織姫に婿を捜してやろう」

天の神様は娘にふさわしい婿を捜すためあちらこちらに
声をかけ、良い人がいると聞くと出かけていき確かめる。

そんなことを繰り返すうちに天の神様は天の川の
ほとりで牛の世話をする若者に出会います。

若者の名は彦星といい、働き者で牛をよく可愛がり
畑仕事にも精を出す傍ら、休む間もなく牛にえさをやり
水を飲ませ、よく面倒をみるので牛たちもすくすく、育ちました。

ーこの青年なら娘を幸せにしてくれるだろうー

天の神様は彦星を呼び織姫と会わせてみました。
すると、二人は互いに一目で好きになり、仲の良い夫婦になりました。

けれど、仲が良すぎるあまり、二人はしだいに仕事に
身が入らなくなりました。

機織りの機械は埃がかぶり、牛たちはしだいにやせ細っていきます。

「おまえたち、そろそろ仕事をしてはどうだ?!」

心配した天の神様の声にも、うなずくだけでまったく仕事をしない二人

天の神様たちの着物はぼろぼろになり、畑は草ばかりに荒れ果て
牛たちもついに病気になってしまいました。

「もう、おまえたちを会わせるわけにはいかん」

怒った天の神様は二人を「天の川」の西と東へ引き離したのです。

それからというもの織姫は泣いてばかりでまったくはたを織ろうとせず
彦星も家にこもりきりになり、牛の病気はますますひどくなりました。

困り果てた天の神様は言いました。

「おまえたちが昔のようにちゃんと働くなら1年に1度だけ
会わせてやる」

それを聞いた二人はとても喜び、前にもまして
仕事に励むようになりました。

一年に一度の逢瀬の日を夢見て

織姫の織るはたは前にもまして美しく
彦星の畑は豊作になり牛もどんどん、元気になりました。

天の神様はとても喜び7月7日だけ天の川を
渡れるようにしたのです。

そして、織姫と彦星は年に一度の逢瀬を楽しめる
ことになりました。

でも、その日、雨が降ると川を渡ることができません。

するとどこからかカササギの群れが現れ、
翼を連ねて橋となり織姫と彦星を合わせてくれるのです。”

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              ― FIN ―

というのが日本に伝わる一般的な七夕伝説というか
「おはなし」です。

七夕の起源と由来

この物語は古代中国発祥の織女星と牽牛星
の伝説が奈良時代につたわってできた物語です。

七夕は3月3日の節分、5月5日の端午の節句と
同じ節句の行事として物語とともに伝わりました。

中国では織女に祈れば機織りや家事がうまくなり
良縁に巡り合えるとの言い伝えがあり、それを願う
儀式が行われていましたが現在の中国では
本来の習俗はすたれてバレンタインデーのように
なっているそうです。

日本では中国から伝わった伝承が日本書紀に
書かれた「棚織津女(たなばたつめ)伝説」と
合わさり伝えられたとされています。

「たなばたつめ」というのは神の衣を織る
巫女のことで、これが語源とされています。

太陰暦での七夕はお盆(7月15日)と関連付けされ
前盆行事として行われていましたが新暦が
導入されてからは独立した行事になりました。

短冊に願い事を書き竹に吊るすという風習は
日本独自のもので江戸時代に始まったものです。

昔の中国では七夕でねがう時は五色の糸を使います。
短冊も五色でこれは風水で使う五行説から来てます。

なので本来は手習いや家事の上達を願うらしいですが
日本ではいろんな願い事が書かれますね。

七夕あれこれ

さて、中国から始まった七夕文化ですがいろんな
国で違った形で残されています。

中国ではバレンタインデーと同様に男女が
プレゼントをしあう日になっているのは前述しました。

韓国では七夕をチルソッと言います。
チルは7の事なので七夕の韓国読みといゆわけですね。

このように漢字文化が伝えられた国々には牽牛と織女の
話とともに七夕文化も伝えられています。

もっとも、内容は日本とも中国とも全然違うようです。

一応、牽牛織女の話がベースにはなっていますが
韓国では七夕は二人が会ってうれし涙を流すため
必ず雨が降ると信じられているようです。

伝統的儀式として各家庭ではお菓子や果物を
お供えし女性は醤油や味噌の瓶をおく台に井戸水を
供えて家庭の平安や家族の長寿を願う日とされています。

台湾では七夕は織女の誕生日であり織女は子供の
守り神とされています。

幼児のいる家庭では織女を祀り祝うことで
子供の無病息災を願う日となっています。

さらに意外なところでベトナムですが
こちらも1800年代にフランス統治になる前は
漢字文化圏でした。

牽牛織女の話も伝わっております。
他の国ではこの日の結婚するのが良いとされていますが
ベトナムでは離ればなれにされた伝説のため
絶対、結婚してはいけない日とされています。

まとめ

いかがでしたでしょうか?
少しだけでもお役に立てれば幸いです。
最後までお読みくださりありがとうございました。

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